どのように生きようか
山手線の中、50代と思われる男性2人の会話につい聞き耳を立ててしまった。
その内の1人のお父さんの介護認定が、この4月の基準変更により「要介護1」から「要支援2」に下がってしまったということだ。介護保険制度にはあまり詳しくないのだが、それにより、今まで受けられていた介護サービスが受けられなくなったらしい。
そのお父さんは人工透析を週3回受けている。病院のバスで送り迎えをしてもらっているようだが、病院から「介護タクシーを使ってくれないと責任を持てない」と言われている。 どうしてなのかな? と思ったら、透析というのはかなり身体に負担がかかり、受けた後は体調が悪くなるものらしい。そのお父さんも、往きは歩けるのだが、帰りは車いすらしいのだ。危ないので車での送り迎えが必要である状況。
しかし、今年の改正によって要介護の認定基準に満たなくなった。区役所からは「あと『認知症』か『下肢の骨折』があれば『要介護』なんだけれどねえ」と言われたとか。医師の意見書というのもつけたそうだが、実際はあまり見られていなくて、機械的に項目をインプットして判定されてしまうものだという話だ。驚いた。
「本当にどうしよう」とかなりお困りのご様子である。厳しい状況にもかかわらず基準に満たないということで介護サービスが受けられない、つまりこの人の場合は介護タクシーが使えないのだ。自費で何とかしなさいということだ。週3回の通院にタクシーを使い、なおかつ誰か付き添いを頼むとなると大変な負担になる。大金持ち以外は無理だ。
今月からの老人医療費の改正で「お金のない老人は死ねということか」とTVのインタビューに答えていた人があったが、こういう話を耳にすると、結局そういうことなんだなと思わざるを得ない。 福祉がすっぱり切り捨てられる国になってしまったのだと改めて感じる。
先日友達ともこの種の話になった。お金がないと良い医療も受けられない。「お金儲け」をしている人を批判する風潮があるが、そうしないと人並みに生き延びられないのであれば、お金第一の価値観の人が増えるのは致し方ない。望ましくはないけれど。そういう人を誰も批判できないよね、と。
悲しいけれど、これが現実。こういう世の中においてどのような在り方で生きるのか、難しい課題である。
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コメント
我が家も母の介護の経験があります。
今ほど厳しくなる前でしたが、要介護の認定を受けるための主治医を選択するだけでも苦労しました。今で言う「認知症」の度合いを、心療内科ではなかなか判定してくれないのです。
優秀なケアマネジャーに出会い、様々な介護を受けられました。
私は私なりに、妻は妻なりに、娘たちは娘たちなりに方策を探しました。
母のかかりつけの、複数の医者にも相談しました。
心療内科の所在、評判も調べ回りました。
最後は、末期がんが発見され、介護と看護の併用、入院と在宅看護の併用・・・
病院のソーシャルワーカー、看護師長、院長、担当医、ケアマネジャーと、さまざまな立場の人と相談して、ベストのソリューションを提供してもらいました。
費用は覚悟していましたが、保険制度でまかなえました。
家族が必死になって方策を探し出せば、相手も色々な智恵とアクションを提供してくれます。
お金で解決しようとすると、お金はかかるものです。
何もアクションを起こさないで、福祉にただぶら下がろうとすれば、お役所も冷たいあしらいをします。
自分も、家族も、何か試されていると感じたら
展望は開けるかもしれません。
今の福祉切捨ての方向は、私も腹が立ちますが、
嘆いているだけでは・・。
投稿: 十亀 | 2006/10/06 11:33
十亀さん
>家族が必死になって方策を探し出せば、相手も
>色々な智恵とアクションを提供してくれます。
少し安心できた感じがしました。といっても、これが大変なんでしょうね。
お母様の介護、本当に大変だったと思います。こんなとき、十亀さんのご家族のように団結して取り組むような家族関係を構築しておくことも大切ですね。
投稿: ちょこじぇらーと! | 2006/10/07 10:09