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2008/12/25

那覇で願った永遠の平和

1 NAHAマラソンの翌日、帰京の日。

チェックアウトぎりぎりまで仕事&勉強。夕方の便airplaneまで時間があったので平和祈念資料館に行った。以前1回行ったことがあったけれど、沖縄に来たらやはりここに行かなければならないと思った。

NAHAマラソンのスタートは鐘の音(普通はピストル)。由来は何だろうと調べたけれどわからない。いくつかのサイトに書かれていたのは、「NAHAマラソン自体が始まったのはホノルル市と姉妹都市になったことがきっかけであること」、そして、「真珠湾攻撃(12/8)にちなんで12月第一週としていること」である(もし本当ならこんなに大事なことをオフィシャルサイトに何も書いていないのは問題)。

2 沖縄に行って現地の方々と触れ合いつつと思っていたことは、この方々(先祖の方々)が苦労し犠牲になって下さったお陰で、もしかしたら両親は生きながらえたかもしれず今の自分があるのかもしれないということ。それを考えると本当に心が痛む。

平和祈念資料館へはタクシーcarで行った。前日に自分で走って行ったところだったので近いという印象があったが、とんでもなくて30分以上かかった。考えてみたらハーフ地点だったので21キロ以上あったわけで・・・・coldsweats01

運転手さんはとてもよい方で、帰りは那覇空港に行くと言ったら、1時間ほど現地で待っていてくれるという。お言葉に甘えることにした。往きはマラソンの話で盛り上がって到着。

まずは建物に入らず海側に行く。ここでどれだけの方が亡くなったのか。断崖絶壁から飛び降りた方も多かったに違いない。そして、たくさんの方の名前が刻まれた碑の間を歩く。海外の方(米兵など)の名前も多い。平和への祈りを捧げた。

3

周りには高校生らしき修学旅行生が記念撮影。なんだかチャラチャラしているangry

資料館に入って改めて沖縄の歴史や戦争の経緯に関する資料を見る。人も少なくて資料をじっくり見られる・・・・・・と思ったら・・・・・・・ワイワイガヤガヤpout

修学旅行生軍団が入館してきた。嫌だなあ・・・・と思ったら、やっぱりひどい状態。

悲惨な写真の前で「これ、やばくない?」「やばいよ、やばいhappy01」と騒ぐ。また、「あっついなあ~」とろくに資料も見ないで入館の時に貰ったパンフでばたばたあおぐ。中には、米軍が住民が逃げ込んだ壕に手榴弾を投げ込んで爆破する映像や沖縄戦の流れを示した資料を見て真剣に話し合っている男の子が2人だけいたけれど・・・まともだったのはその子たちだけ。

先生も誰もついてきていない。ただギャーギャー騒いで出て行っただけ。何のために来ているのかangry こんな状況なら修学旅行先に沖縄を選ぶ意味がないではないか! 

1時間ほどが過ぎ、売店で沖縄戦の写真集を買った。中学生の姪っ子にDVDでも買おうかと思ったけれど、こういうことは押しつけではいけないと思ってやめた。

タクシーの運転手さんに空港に連れて行って貰いながら、修学旅行生のことを話した。すると、「私たちもよく乗せるんですけどね・・・・ひどいですよ」と。最近はバスではなくグループごとにタクシーとチャーターしてあちこち行くらしいが、「早く国際通りに行ってくれ」という感じがありありなんだそうだ。一応計画したところに行って写真は撮ってこなければならないらしいが、どうやらそれだけ。心は「国際通りで何を買うか」しかないそうだ。

余計に腹が立った。これじゃ意味ない。

数年前に、ある先生が「子どもたちがもっと喜ぶところだけまわって欲しい」と発言して大問題になったとか。当然だ。

資料館だってあんな見方(というか見ていない)するのなら意味がない。証拠写真ではなく、きちんと研究課題を与えてレポート書かせるぐらいのことはしたらどうなのだろうか。先生方もいろいろ大変なのだろうが、こういう面を見ると、申し訳ないが「怠慢なのでは?」と思ってしまう。

そういった話から嘉手納基地の話にうつった。沖縄の空はまだ米軍が管制しているとか。今は移行準備中なので、まだ米軍のスケジュールによって民間機が遅れたりということもあるそうだ。その他、基地の状況や問題などもいろいろ伺った。

沖縄の方々は大昔から歴史の流れに翻弄され苦労の連続だ。たった数日の間に聞いた「内地の方ですか?」という言葉の裏にどんな思いがあるのかと思うと辛い。

NAHAマラソンを走ってから、ますます「平和」の意味を考え続けている。

今の子どもたちはそのありがたさをわかっていないように思う。私自身は当然戦後世代だが、両親は戦前生まれで戦争を体験している。父は陸軍士官学校にいたのであと少し戦争が長引いていたら確実に戦地に赴いていた。従って子供の頃から生の声はずっと聞かされてきていて戦争は絶対にしてはいけないという考え方は変わらない。

私たちより少し若い世代になると、もう親御さんは戦後世代。生の声を聞く機会がない方も多かろう。そうなると、一応話を聞いている私たちの世代が何かしなければいけない。両親から伝え聞いたこと、学んだことを次の世代に何らかの形で伝えていきたい。そして、両親からももっといろいろ話を聞いておきたいと思うのである。

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コメント

まずは完走おめでとうございます~!

沖縄に行くと、色々考えさせられますよね。
沖縄に限らず、広島・長崎にも
かつて訪れたことがあるのですが、
やはり、現地に赴いて、肌で感じることって
たいせつだなーと思っています。

平和を祈りつつ、メリークリスマス!

投稿: もー | 2008/12/25 11:36

私は美ら海水族館に行く途中、バスガイドさんの話しを聞き、広大な米軍基地を目にし、今度沖縄に来たときは平和記念資料館に行かねば…と思わされました。

沖縄の土地を踏んで、沖縄の方々とふれあい、「ここは沖縄なんだ」ということを実感として捉えられたということは、私にとって大きな収穫でした。

戦争を身近に感じたのです。

投稿: こすもす | 2008/12/25 13:54

★もーさん

ありがとうございます!
なんとか走り切れましたー。

現地に赴いて空気を感じることって大事だと思います。みのもんたさんが毎年8月は沖縄に行くという気持ちがよくわかります。
平和が続きますように。

★こすもすさん

基地をご覧になったんですね。
福生にある基地を見てびっくりしたことがあるのですが、嘉手納はもっと規模が大きいんですよね、きっと。
沖縄とふれあえたこと、本当に良かったと思います。そういう意味ではただ走るだけの大会とちょっと違いますよね、NAHAマラソンって。

投稿: ちょこじぇらーと! | 2008/12/26 23:08

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